2021.10.05
"世界"は、もう夢じゃない シンデレラストーリーの序章 壹岐あいこ
6月の日本選手権女子100mで2位。
東京2020オリンピックでは、4×100mリレーの補欠メンバーとして帯同。
世界へ羽ばたこうとする20歳は、今夏、大事な“ものさし”を手に入れた。
0・ 02秒差で2位。その意味。
曇天の6月下旬。東京2020オリンピックの代表選考を兼ねた日本選手権が大阪の長居で開催された。女子100mの壹岐あいこ(立命館大学3年)は、初日の予選でいきなり自己ベストを0・03更新(11秒59)する。同日の準決勝でもセカンドベストの11秒60をマークし、全体2位で翌日の決勝へ駒を進めた。
そして決勝。壹岐は女王・兒玉芽生(福岡大学)にわずか0・02秒差に迫る快走で2位に入った。
南郷中学時代に4×100mリレーで全国優勝を果たし、京都橘高校3年時には女子200mでインターハイを制すなど各年代のトップを歩んできた彼女だが、今回の日本選手権2位は今までとは違う意味があるという。
まずは日本選手権の感想を聞くことにした。
Q.日本選手権2位を率直にどう受け止めていますか?
大会前は、走ってみないとわからない、そんな不安もありました。でも、調子はよかったですし、満足のいく準備もできていました。だから、走りの中でミスをしなければ、結果がよくなくても後悔はないという気持ちで挑みました。
正直、兒玉さんに0・02秒差まで迫れるとは思っていなかったので、そこは良かったと思います。
でも、逆に言うと〝思っていなかった〞という気持ちだから0・02秒の差を埋められなかったとも言えます。
絶対に勝つ。強い気持ちが足りなかった。これが2位の素直な感想です
Q.日本選手権では予選で自己ベストを更新。これはどんな感想ですか?
予選から11秒5台が出たのはうれしかったのですが、自分の中ではそれほど驚きはなかったです。満足できる準備もできていましたので。逆に、準決勝では風があまり吹いていない好条件だったのに11秒60。アレ?なんでなんやろうと思いました。これが今の実力なのかなと感じました
Q.昨年の関西インカレ女子200m優勝など、どちらかといえば200mの方が得意な印象ですが、日本選手権は100mに照準を合わせていたのですか。
日程的なことが大きいと思います。日本選手権は先に100mがあって、その後に200mがあった。自分の課題でもありますが、今まで100mと200mのどちらも良かったことはないんです。高校3年のインターハイも100mが不完全燃焼だったので、その後の200mを頑張って優勝できたり。
去年の全日本インカレも200mはもっといい走りができたと思うんですけど、3日間でたくさん本数を走って、最後まで気持ちが保たなかった。でも、日本選手権は100mで2 位になり、200mはあまりよくない中で4位に入れた。そこは少し自分を褒めたいです。ただ、そこが兒玉さんや他のオリンピックメンバーとの差だとも感じます。
兒玉さんはどんな状況でも勝ちます。自分にはまだ、そういう強さが足りないと思っています
Q.今後は〝強さ〞を追求する?
そうですね。個人的には、強さは圧倒的な速さだと思っていますので、それを求めていきます。例えば、準決勝で勝負をかけないとファイナリストになれないようでは、優勝なんてできないと感じています。
200mも予選を軽くパスして決勝に挑むくらいじゃないと、本当の意味で勝負はできないのかなと。
他人と比べるんじゃなくて、自分と、そしてタイムと勝負するくらいにならないとダメだと思います
大学では〝考える〞を習慣化
大学1年の頃は、高校時代に出した自己ベストが更新できず悩んだ時期もあったという。だが、昨年8月の福井ナイトゲームス陸上で11秒62の自己ベストをマークし、そこから着実にタイムを伸ばしてきている。ここに至るまでに何が変わったのだろうか。大学での取り組みを聞いてみた。
Q.立命館大学には、10秒21の生涯ベストを持つ小谷優介コーチ(彦根市出身)もいますが、いろいろとアドバイスを受けているのでしょうか?
小谷さんからは、特にこうした方がいいよっていうのはないです。自分が聞いて、それについて小谷さんが自分の考えを言うみたいな感じです。例えば、今の動き、自分はこう思いましたけど、小谷さんにはどう見えましたかとか。それに対して、小谷さんは、オレはこう思うと答える感じ。指導というよりは…、意見交換ですね。
だから、私が納得できなかったら〝ん〜〜〜〜〜〜〜〞と唸って終わりです(笑)
Q.その意見交換で、自己ベスト更新につながったものはありますか?
初歩的ですけど、骨盤に体重が乗って走る方が速いことですね。昔から腰が落ちる傾向にあって、スタートからスピードに乗るまでが遅いんです。そこを小谷さんに言われて。今まで30mを過ぎてから腰に体重が乗っていたんだったら、それを20mに縮めようと。
それを意識したことが、自己ベスト更新の要因の一つだと思います
Q.競技者として、高校や大学1年の頃と大きく違う点はなんですか?
自分で考えるようになったことだと思います。立命館大学は学生主体なので、自分で判断していかなくてはいけない。小谷さんや同期の子たちと話していく中で、自分に何が必要かを気づけるようになったと思います。
それって、いいですよね。自分でちゃんと考えて競技ができるって。この経験は社会人になった時にすごく生きてくるなと実感しています
世界との距離が縮まった夏
日本選手権での活躍により、東京2020オリンピックでは4×100mリレーの補欠メンバーに選ばれた。実際に新国立競技場を走ることはなかったが、この経験は今後の競技人生において大きなプラスになると思われる。壹岐あいこ自身は、オリンピック帯同をどう捉えているのだろうか。
Q.東京2020オリンピックに参加した感想を教えてください。
実感を持つことができてよかったなと思っています。3年後にはパリ2024オリンピック、来年は世界陸上もありますが、今まではただ〝いきたいなぁ〞と口にするだけでした。
でも、東京2020オリンピックに帯同したことで、自分もその舞台に立てないことはないんやなぁと実感できました。もし帯同していなかったら、今までと同じように世界陸上に出たいなぁ、選ばれたら頑張ろうくらいだったと思います。だけど、今は絶対に出たい、出るために頑張ろうというモチベーションにつながっています。漠然とした夢や憧れから、はっきりとした目標になった感じがします
Q.自分が3年後のパリで走っている姿を、しっかりとイメージできるようになったということですか?
(小さい声で)ん〜、パリはまだ正直、夢なんですけど…(声を戻し)来年の世界陸上や延期になったユニバーシアードなどの大会に出て、徐々にパリも目標になっていくのかなと思っています。今は、パリが目標になるように、頑張ろうという感じです
Q.日本選手権と東京2020オリンピックで、世界との距離が縮まったという感覚ですか?
はい、そう思います
夢が目標に変わる。よく耳にするフレーズだが、その夢がオリンピックという大舞台の場合、その台詞を口にできる選手はほんのひと握りである。
別の表現をすれば、スタートラインに立ったのではなく、オリンピック出場へ走り出したのかもしれない。
世界との距離を測る〝ものさし〞を手にした壹岐あいこ。シンデレラストーリーは、今からが本番である。
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壹岐あいこ
立命館大学 陸上競技部
いき・あいこ。2000年11月27日生まれ、大津市出身。田上小学校、南郷中学校、京都橘高校を経て、立命館大学へ。現在3年生。小学5年から陸上競技をはじめ、中学時代は4×100mリレーで全国優勝を経験。高校時代はインターハイ200m優勝(3年時)をはじめ、日本ユース100m準優勝(1年時)、インターハイ4×100mリレー準優勝(2年・3年時)など好成績を残す。大学では昨年8月の福井ナイトゲームス陸上の女子100m決勝で自己ベストを更新(11秒62)。続く今年6月の日本選手権予選では再び自己ベストを塗り替え(11秒59)、決勝では1位にわずか0.02秒差の2位に。162㎝、50㎏