2020.07.29

中学生 の 陸上競技「環境」と「指導」について 西村顕志(中学編3/3)

こんにちは!

前回まで2回に分けてお届けしてきた、ニシムラタカユキ物語中学編も、今回で最後になります!まだ読まれてない方は、そちらも合わせて一読ください。

Part1「野球部の僕が陸上競技を始めるまで」
Part2「最高の運。」
Part3完結「中学時代の陸上競技」←キョウココ

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野球部の僕が陸上競技を始めるまで 西村顕志(中学編1/3)

最高の運 西村顕志(中学編2/3)

 

今回は、自分の中学時代を「環境」と「指導」の面から振り返る

現在小学生から高校生までを指導する立場の視点から、「指導者を持たない中学生競技者」「陸上競技が専門でない中学校陸上部顧問」に伝える目線で書く。今競技に対して模索していたり、迷っていたりする人に自分の体験だからこそ伝えられることがある。

練習環境

まずは練習環境だ。僕の中学には陸上競技部がなく、指導者はいなかった。野球部で練習に励んでいたが、厳しい部ではなかった。どれくらいゆるい野球部だったかというと、坊主の決まりがなく、キャプテンが一番ロン毛でイケメンだった。

また、練習量はそれほど多くなく、ましてや1日練習などはしたことがない。その環境を別の視点で捉えると、練習や走ることを強要されることがなかったと言える。そのため、当時は走ること自体に楽しさを覚え、常に塁間(約20m程度)を全力疾走していた。もし、義務感で走ることに慣れてしまっていたら、陸上競技に魅力を感じられなかったかもしれない。

指導

次は指導についてだ。一般的に、専門的な指導者のもとで競技を行なった方が、良い記録が出ると思われている。しかし、現在の部活動では顧問との巡り合わせ次第のため、出会えない人の方が多い。実際僕には、指導者がいなかったし、専門的な指導を受けていない。しかし、野球部の練習や多様な運動をたくさん経験することができた。

指導者がいなかったことで自分の走りに手を加えられず、将来に技術的スキルを身につけられる可能性が残ったと思っている。さらに、同じ年に桐生くんがいたおかげで、滋賀県中体連の期待が僕に持たれず、暖かく見守ってもらえた。そのおかげで伸び伸びとできた。

これまでの経験を踏まえた上で

「指導者のいない中学生」には、

いろんな種目、多様な運動に最大出力で取り組んで欲しい。ここでいう最大出力とは、主体的な全力疾走であり、心がすり切れるような競技への向き合い方を指すのではない。技術的なスキルは後から身につけることができるし、筋力もまた身体が十分成長してからでも鍛えられる。型にはまった走りを求めるのではなく、自分の本能を大切に、それを出し切る能力を磨いて欲しい。

「陸上の経験がない中学校顧問」には、

専門的な指導よりも、生徒の意欲的な態度を尊重して、偏りのない練習を経験させて欲しい。具体的には、球技(サッカー・バスケ・タッチフット)をウォーミングアップに取り入れたり、専門種目から練習内容を決めつけず、「走る」「跳ぶ」「投げる」「ハードル」を経験したりするのはどうだろうか。陸上競技の経験がないことが、かえって違った視点を生み、それがプラスに働き良い競技者を生む場合もある。

僕が指導者が持つべき姿勢で大切だと思うのは、

もっとこの子の可能性を広げられる、違った練習があったのではないか

自分が指導しなければ、もっと伸びたのではないか

と常に問い続けることだ。指導者は自分の指導によって、伸びなかった場合、反省することはあっても、伸びたらそれで良かったと思う節がある。その瞬間(中学時代)は伸びたかもしれないが、将来の可能性を奪っている場合もある。

最後に

双方に言えることだが、指導者と選手の関係がマイナスに働く場合もある。指導者がいないからと言って、悲観すべきではないし、専門的な知識がなくても、気にする必要はない。僕は、中学時代に指導者がいなくて良かったと今では思っている。自分の置かれている環境を将来のプラスに変えていって欲しい。

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