2019.03.15

リーダーの条件Ⅱ 田中健太

ジャカルタで奇跡が生まれる
残り時間9分で3点ビハインド。ホッケーを知る方なら、これが"絶望的"な状況だとすぐに理解できるだろう。だが、ここから日本代表は同点に追いつき、格上のマレーシアを下して頂点に立った。 のちに”ジャカルタの奇跡”と呼ばれる、昨年8月のアジア大会ファイナルの話である。

その奇跡の中心にいたのが、日本人で唯一オランダのプロリーグでプレーする田中健太(HGC)。”決勝戦はかなり劇的でしたね”と話しかけると、田中は「かなりの…(笑)」 と、整った顔をしわくちゃにさせた。

「最後の第4Qで2-5にされた時は、スタジアム全体が”これはマレーシアが勝ったな”という雰囲気になりました。でも、自分たちは追い込まれて逆に吹っ切れたというか、ゴールを奪うことだけに集中できた気がする」

その言葉通り、日本は怒涛の攻撃で5-5の同点に追いついた。 だが、勝てば東京オリンピック出場が決まるマレーシアが意地を見せ、日本は再びリードを許すことになった。 この時点で残り時間は1分足らず。 万事休すといった空気の中、田中健太が残り13秒で相手のファウルを受け、ペナルティーコーナーのチャンスを呼び込んだ。 これを決めた日本は土壇場で6-6の同点に。勝負の行方は、サッカーで言うPK戦にあたるSO(シュートオフ)へ。 滋賀出身のGK吉川貴史のファインセーブ連発もあって、大逆転でアジア大会初制覇を達成した。

「(開催国枠で日本の東京オリンピック出場は決まっていたが)やっぱり自力でオリンピック出場権を取れたのは大きい。 僕の夢でしたから。 メチャクチャうれしくて…泣きました」

エースの助言で代表がまとまる
ジャカルタで奇跡を起こした日本だが、アジア大会が始まった頃は優勝どころか、メダルが取れる雰囲気でもなかったと田中は振り返る。

「練習もマンネリ化していて、全く声も出ていなかった。 もう大会が始まっているのに誰も盛り上げようとしていない。オランダでは声を出しあって雰囲気を高めるのは当たり前。 それが日本代表にはなかった。だから僕は、代表に合流したその日に、みんなを集めて"声"の話をしました。 僕もオランダで挑戦していなかったら、言われたことを淡々とやって、アジア大会をやり過ごしていたと思います」

日本代表の中で、田中はチーム最年長の1人である。 キャプテンではないが、リーダーとしての意見を求められることも多い。 そんな彼が考える、リーダーの役割とは何だろうか。

「コミュニケーションをとることです。すごく大事にしています。 時には、くだらない話をしたりして、先輩・後輩に関係なく話しやすい雰囲気を作ることが役割かなと思います。 僕も言うし、みんなも自分の意見を言う。 信頼関係はその積み重ねで築かれると思います。今の日本代表には、意見し合える雰囲気があると思っています」

田中が合流初日に伝えた”声”の話は、まさにリーダーの役割だった。 ジャカルタの奇跡の裏には、リーダーとしての田中の功績があった。

田中 健太

HGC(オランダ1部)

Profile/たなか・けんた。1988年5月4日生まれ、米原市出身。春照小学校、伊吹山中学、天理高校、立命館大学、箕島ホッケークラブなどを経て、2018年にオランダ1部のHGCへ。大学時代に日本代表入りを果たし、オリンピック予選は北京、ロンドン、リオの3大会に挑戦。昨年8月のアジア大会では日本代表のエースとして日本の初優勝に大きく貢献した。

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