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2017.10.07

[パラトライアスロン]Biglake/滋賀県トライアスロン協会 宇田秀生

大満足の世界4位

新カテゴリーで世界4位に

9月16日にオランダで開催されたパラトライアスロン世界選手権のPTS4クラスで、宇田秀生(甲賀市)が4位に入った。 世界ランキング上位13人で争われる最高峰(グレード1)の大会は、出場するだけでも栄誉。 そこでの4位は快挙だが、実は宇田は今大会に世界ランキング1位という立場で挑んでいた。 だから、4位という結果に満足はしていないと思ったが、意外にも「大満足ですね」 という答えと笑顔が返ってきた。

理由は、今シーズンからカテゴリーの編成が変わり、不利な戦いを強いられてきたからだ。

宇田が昨シーズンまで戦ってきたのは、PT3と呼ばれるカテゴリー。 2013年に右腕を失った宇田のように、上半身に大きな障害(重度の上肢障害)を抱えた選手が集まるクラスだ。 だが、今シーズンからPTS4というカテゴリーに再編され、両手がある選手や義足の選手など軽度障害の選手と同じ舞台で戦うことになった。
「軽い障害の選手は強かった。”義足はクツだ”って言い切るような外国人選手もいて、健常者とレースしている感じでした」

スイム(競泳)、バイク(自転車)、ラン(競走)の3種目で争うトライアスロンの中で、特にスイムは宇田にとって厳しい戦いとなった。
「オープンウォーターと言って、自然の海や川、湖などを泳ぐスイムは、片手と両手では大きく違う。 単純に2倍の水をかくことができますし、その分、波に押し返される時間も減りますから。 片手選手のハンデは大きいですね」

実際、世界選手権で宇田よりも上位に入った3人は全て両手がある選手たち。宇田の4位がいかにすごいかは容易に想像がつく。 「大満足」 と振り返った理由には、そう言う背景があった。

人生を変えた”びわ湖”

宇田が右腕を失ったのは2013年5月10日。 勤務先のローラーに右腕をはさまれ「たった1秒で僕の人生は大きく変わった」 と話す。

一命は取り止めたが、なぜあの時…という後悔が頭の中をぐるぐると巡るような絶望の日々を過ごした。 それでも、なんとか前を向こうと水泳を始め、水泳仲間の勧めで2015年6月に 「第1回びわ湖トライアスロンin近江八幡」に出場した。

宇田にとって初レースだったが、この大会でいきなりパラ部門2位に。 JTU(日本トライアスロン協会)関係者に声をかけられて2ヶ月後の「パラトライアスロンアジア選手権」(フィリピン)に出場して優勝を飾り、再び人生が大きく動き出した。 2016年のリオ・パラリンピックは、宇田の出られるカテゴリー(PT3)がなかったために出場できなかったが、宇田はすでに世界トップのパラアスリートへと成長していた。 目標は1戦1戦に勝つことだが、その歩みが2020年の東京パラリンピックへと続いていくに違いない。
「まだカテゴリーがどうなるかわかりませんが、東京には出たい。 世界ランキング1位になった時は自分のケガのことを知らなかった大学の先輩から連絡をもらって、いろいろ大変やったなというねぎらいの言葉と、世界1位ってすごいなという褒め言葉をかけてもらいました。うれしかったですし、東京で活躍したら、もっといっぱいうれしいことがあると思うとワクワクします。 オリンピックで活躍したら親戚が増えると聞きますけど、自分も東京パラに出て"誰やねん!"ってツッコミたくなるような遠い親戚をいっぱい増やしたいですね(笑)」

宇田 秀生

Biglake/滋賀県トライアスロン協会

Profile/うだ・ひでき。1987年4月6日生まれ、甲賀市出身。雲井小学校、信楽中学、水口高校、関西外国語大学を経てBiglakeへ。2015年アジア選手権で優勝し、同年5月のITUパラトライアスロン世界選手権(横浜)PT3(重度の上肢障害)で2位、2016年アジアトライアスロンPT3で2位など世界を舞台に躍進。2017年には7月27日のワールドシリーズPTS4で2位に入り、当時の世界ランキング1位に。

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