2022.06.24

山を貼るか備えるか 新岡浩陽

私はトレーニングが楽しく、好きだ。

トレーニングは筋肉に激しい痛みを感じるとともに、全身に酸素を運ぶために心臓を1分間に200回以上打たせる。

いまここまで読んでくださった方の言いたいことは分かる。

「この人は大丈夫なのか?」と。

成果の前には過程がある。

成果の欲しくないアスリートなんていない。

どのアスリートも来るシーズンに向けてこれでもないトレーニングを積み重ね、最も素晴らしい過程を築き上げた選手に最高の成果が与えられる。

最高の成果の前に現れるものは、緊張とプレッシャーである。

満足いく過程を積み上げてきた。その自信は緊張とプレッシャーを生み出す。

これまでの経験上、試合直前の施行状態は2種類がある。

1つは、満足いく過程を積み上げたにも関わらず、ただ単純に目標設定した成果が得られるのかというドキドキ感。私はこれを緊張やプレッシャーと呼ぶ。

もうひとつは、過程を積み上げてきたが欠点が残ってしまい、それが成果に影響が出ないかというモヤモヤ感。私はこれを不安と呼ぶ。

1つ目を感じた時、人は目標設定した成果を得ることができる。

私自身は1つ目を感じた時は負けたことがない。

2つ目を感じた時は、負けた経験しかない。

学校のテストで考えてみると1つ目はすべての問題への対策ができる状態である。

2つ目はいわゆる山を張った状態である。その問題が出なければ終わりである。

時にはその問題が出てくることもあり、運も実力のうちというのか、一つの才能とでもいうのか...

私が山を張った時はその問題は出てきたことはない。

私はいつでも勝ちたいと思っている。

私の競技において勝ち=1位。

私自身が緊張やプレッシャーを感じた時、それは1位になれるときであり、私自身が満足いく過程を積み重ねることができたという証拠である。

勝つか負けるか、私は過程で常に自分自身と戦っている。

そしてその過程で自分自身に勝つことに楽しみを感じ、勝てた時の感覚が好きだ。

ここまで読んでくださった人は、思っただろう。

「この人は色んな意味で大丈夫なのか?」と。

次回はそもそもの「成果を手に入れることができた時の素晴らしい過程とは?」について書きたいと思う。

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