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2020.08.24

やり場のないこの気持ち、どう向き合えばいい? 豊田則成(びわこ成蹊スポーツ大学副学長)

教えて、先生!
やり場のないこの気持ち、どう向き合えばいい?

 新型コロナウイルスの影響で全国大会が次々と中止になった2020年夏。中学生や高校生に限らず、多くの子供たちが努力の成果をぶつける機会を失った。でも、誰に責任があるわけでもない。この〝やり場のない気持ち〞と一体どう向き合えばいいのだろうか?数々のアスリートをメンタルサポートしてきた豊田則成先生(びわこ成蹊スポーツ大学副学長)は、「心の伴走者」と「語り継ぐ」をポイントに挙げた。

〝対象喪失〞の状態

 今回のように、命がけで目指してきた大会を突如としてコロナで奪われてしまった時、人は求めても手に入らないのにも関わらず、知らず知らずのうちにそれを強く求めてしまいます。
心理学ではこの状態を〝対象喪失〞と呼びます。ツライです。でも、人は前を向いて生きていかねばなりません。 そんな時、人は気持ちを切り替えようとします。そして、表面では気持ちを切り替えているように見えるし、周囲からも切り替わったようにも見えます。でも、実はそうではないケースもよくあります。心の中の問題は、他者には見えにくいから厄介なんですよね。

先送りは危機を伴う

 そもそも、〝対象喪失〞は40代、50代になって経験するのが一般的だとされます。親が亡くなったり、親しい友人が亡くなったり、その喪失感は、年を重ねた人が経験する発達課題でもあります。でも、今回のコロナ禍では中学生や高校生が、まだ精神的に成熟していないにも関わらず、前倒しで〝対象喪失〞を経験することになった。しかも、いきなりガツン!と。この経験は、必ずトラウマ(心の傷)として残るでしょうし、それを無意識に避けようとします。それを、防衛機制といいます。
 例えば、現実逃避や悪玉視、置き換え逃避などが挙げられます。目の前の現実を直視せず、逃げてしまうのが現実逃避です。それが少しひどくなると悪玉視になる。コロナウイルスを蔓延させた世の中が悪い、理解してくれない学校が悪い、大会を開いてくれない主催者が悪いといって、敢えて敵を作って向き合わなければならないことを避けようとします。
 また、部活に打ち込んできたエネルギーを、気持ちを整理しないまま無理に別の目標に置き換えてしまうこともあります。例えば、受験勉強とか。周りから見れば正しく見えるかもしれないけれど、実は心の問題を
先送りにしているに過ぎません。
 ほかにも現象はいろいろとありますが、共通しているのは〝対象喪失〞から逃げて、雪だるま式に膨れ上がった心の問題が破綻した時、大きな危機を伴うかもしれないということ。
 例えば、親を亡くした悲しみが癒えるには、少なくとも2年くらいを要するといわれています。その悲しみを忙しさに置き換えて、避けてばかりいても、いずれ必ず、心にポカンと大きな穴が開いたような虚脱を感じ
ることになる。そのような虚脱が今回のケースでも起こる可能性があるといえます。

心に寄り添う

 東京オリンピックが約1年延期になって、選手に対する私たち専門家の接し方はガラッと変わりました。延期が決まる前は、メダルを取るために心を強化していたわけですが、延期決定後は選手の語りに寄り添う、つまりカウンセリングに近いサポートに切り替わりました。例えるなら、視覚障害のあるランナーに寄り添う伴走者のようなサポート。いわば、〝心の伴走者〞というわけです。
 その際、心の内に貯め込んでいる「何か」を語らせることに力を注ぎます。「ん〜」と言葉につまることも含めて、心を言葉に変換させていくのです。例え、その選手がその場で嘘をついたとしても、そのことを追求しようとせず、この選手はなぜ私に嘘をつかないといけないのかという思考に切り替えて、とにかく選手の語りに寄り添います。
 なぜ語らせるのかというと、現実の世界は過去に戻ることができなくて、変えることはできないのだけれど、語ることで、心の中で過去を前向きに組み替えることができるからです。失恋した経験があるとして、その当時は悲しかったけれど、少し時間が経つと、あの時の経験があるからこそ今の自分があるというように、人間は心の中で過去を組み替えられるわけです。
 今回のようなケースでも、語り合いを通じて、人は心の中で、ツライ経験を前向きに組み替えていくことができます。子供たちは忙し過ぎて、語り合う時間がなかなか確保できないかもしれないけれど、ご両親や先生、仲間同士でもいいので、自分の心を素直に語る機会を設けてほしい。一番危険なのは、子供を孤独にさせてしまうことだといえます。

少し先を考える

 先ほど、問題の先送りは面倒なことになると言いましたが、それとは裏腹に、10年先を見越したら、今の苦労は乗り越えられるかもしれません。精神分析学の創始者であるフロイトは、先送りは人間が究極に成熟した形だと言いました。ただし、先送りは今の苦しさを乗り越えるためには有効ですが、想像した明るい未来に到達する過程には、当然ながら苦しいことも待ち受けているという覚悟も必要になります。それを自覚した上で、5年・10年先の目標設定をしてください。それを肝に銘じていれば、どんな辛いことがあっても、心を切り替えて、前向きに生きることができるでしょう。
 ところで、心には起伏が必要です。コロナは自分だけじゃなく、他の皆にも共通しているから仕方がない…そんな平均的な思考で心を納めてしまっているとするならば、あえて声を大にして言いたい。それは、思いの丈をぶつけろ!ということ。

〝語り継ぐ〞ことが大切

 やり場のない想いとどう向き合えばいいのか。今まで話したことを前提にキーワードを挙げるなら「語り継ぐ」と言えるかもしれません。例えば、戦争の語り部(かたりべ)は、戦争が社会の問題でもあり、個人の問題でもあることを現世まで語り継いできました。今回の現象も、影響を受けた人が将来「大変だったけれど、大したことはなかったよ」と言えるように語り継いでいかないといけない。そのためには、〝対象喪失〞を経験した子供たち同士で語り合うのも大事ですし、世代を超えて子供たちと大人たちが語れる世の中にしていかなくちゃいけない。
 よくよく考えてみると、最近は、自身を語る機会が、とても少なくなってしまったと思いませんか。自身を語るということは、他者の語りにも耳を傾けることでもあります。もしかすると、お互いが語り合うことによって、今の難局を乗り越えていくヒントが見つかるかもしれない。「語り継ぐ」こと。それは、お互いが慈しみ合い、お互いを語り合い、そして、そのことを継承していくことを意味し、時空を超えて、逞しく生きていく術を学んでいくことになるのやもしれません。
 コロナを語ろう。私は、あえてお互いが「心の伴走者」となってコロナについて「語り継ぐ」ことを提案したいと思います。

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