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2022.01.06

あの環境でしか味わえない経験【射撃/ピストル】山田聡子

経験したことのない雰囲気

東京2020オリンピックが終わって約2ヵ月、地元甲賀市に凱旋したピストル競技の山田聡子(自衛隊体育学校)は安堵からか柔和な表情だった。勝負師の厳しい顔になっていたオリンピック直前とはまるで別人だ。

山田はコロナ禍で開催されたオリンピックについて「開催していただいたことに選手として感謝しています」と話す。ただ、思い描いていた舞台だったかと問うと「高校生の頃から憧れてきたものとはやっぱり違った」と打ち明けた。世の中では開催自体に賛否両論があった上に、新型コロナウイルス感染症との戦いもあったからだ。
「代表内定をいただいた今年3月と4月(2種目)から本番まで、感染してしまったらどうしようという不安は常にありました。選手村に入ってからも感染したら終わりという緊張感は続きました」

ただでさえ、初めてのオリンピックという緊張感がある中で、さらに世論とコロナの重圧がかかった。世界選手権やワールドカップなど数々の大舞台を戦ってきた山田でも「今まで経験したことのない雰囲気」だった。

〝いつも通り〞は出せた

異例続きだった東京2020オリンピック。山田は最初の女子10mエアピストル個人で日本人最高位の23位に入った。続く男女混合10mエアピストル団体では20位。最後の女子25mピストル個人では精密ステージ44位、速射43位だった。国内トップクラスの山田が自己ベストを更新しても、ファイナルに残れるかどうか分からないのがオリンピックという舞台。それでも、メダルを目指していた彼女にとっては満足のいく結果ではなかった。ただ、経験としては大きかったと言う。
「いろんな緊張が重なった大会で〝いつも通り〞は出せたと思います。自分の持っているものは全て出せましたし、後悔はありません。この経験は必ず次に活かせられると思います」

〝次〞とは3年後のパリ2024オリンピックを指している。そしてパリへの戦いはすでに始まっているようだ。
「来年(2022年) 10月には世界選手権が開催(予定)されます。日本がパリの出場枠を取るための重要な大会です。まずはここで国枠を取ること、そして国内の代表選考会で勝ち残ること。休んでいる時間はありません」

パリ2024オリンピックでの目標はすでに「表彰台の一番高いところ」と決めている。いばらの道は承知の上だが「しんどい時でも、今年の経験があれば乗り越えられる気がします」と微笑んだ。ひと回り成長した山田の表情は、やっぱり柔和だった。

山田聡子

自衛隊体育学校

やまだ・さとこ。1995年2月26日生まれ、甲賀市(水口町)出身。水口高校2年時からビームピストル競技をはじめ、2011年の山口国体少年少女ビームピストルで優勝。高校卒業後は自衛隊体育学校へ。2014年には全日本選抜エアピストルで優勝し、世界選手権出場。2015年8月のワールドカップ(アゼルバイジャン/ガバラ大会)で初のファイナル進出。東京2020オリンピックは女子10mエアピストル個人、男女混合10mエアピストル団体、女 子25mピストル個人に出場。

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