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2020.12.12

[バスケットボール]富士見フェニックス

ヤマゼンフレンドカップ涙の優勝。
コロナ禍で生まれた一つの奇跡。

キャプテンが流した涙の理由

8月22日、YMITアリーナ(草津)にて「第7回ヤマゼンフレンカップ」(山﨑砂利商店・ヤマゼン特別協賛)が行われた。新型コロナウイルスの流行で時期と会場を移して開催された異例の今大会。女子は富士見フェニックスが30│ 26の接戦で真野北ミニバスケットボール部を破って優勝した。

 キャプテン山元葵(富士見小6年)は、試合終了のブザーが鳴った瞬間、あふれる涙をおさえきれなかった。「真野北にはずっと勝てていなかった。コロナで全体練習ができなくて、今回も勝てるかどうかわからなかった。だから、優勝できた時はうれしくて、びっくりして、思わず泣いてしまいました」

軸となる3つの名物メニュー

富士見フェニックスは2004年に誕生した。前監督が、たくさんの子どもたちにバスケットの楽しさを伝えたいという思いで、地域初のミニバスチームは作られた。そんな背景もあって、チームの方針は、できるだけ多くの子どもたちが試合に出られるように〝全員バスケット〞を掲げている。

 特徴的な練習は、脳と体の動きの連動性を高めるコーディネーショントレーニング、技術と体力の両方を磨く1分間ドリブル、そしてハンドリング練習。特に、ボール2つ以上で行うハンドリング練習は、バリエーション30種以上と豊富で、ボール3つでお手玉をするメニューもある。富士見フェニックスの高いスキルを支えている練習の一つである。

 コロナ禍では、これらのスキルアップ練習が役立ったと上野詩歩ヘッドコーチは話す。「全体練習ができない間も、個人個人が1分間ドリブルなどを続けた。自粛開けもスキルは落ちていなかったですし、それが優勝につながったのかなとも思います」

 小西芽依(膳所小6年)もコロナ自粛中にスキルを磨き続けた。「ヤマゼンフレンドカップの決勝戦の前は緊張しました。でも、ずっと練習を続けてきたから自分を信じられたというか…。優勝できて本当にうれしかったです」
 災い転じて福となすではないが、富士見フェニックスの優勝はコロナ禍で生まれた一つの奇跡と言えるかもしれない。

富士見フェニックス

2004年に誕生したクラブチーム(男女あり)。女子のメンバーは20名(6年6人、5年6 人、4年2人ほか)。主に富士見小学校と膳所小学校の生徒で構成されている。スローガンは「Fast Break!」。

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