2020.10.08

『後悔などあろうはずがない』 新岡浩陽

約17年前のこと。

父 :『イチローはね、・・・』
自分 : (また現れたか。)

数日後..

自分 : (なんかテレビ見よっかな)
父 : 大リーグ観戦中 (当時のマリナーズの試合)
自分 : (また現れたか。)

イチロー(本名 : 鈴木一郎さん)は、今の日本では総理大臣に並ぶくらい多くの日本人から知られている人ではないかと思う。もちろん自分も幼少期から知っている。でも、彼を尊敬の目で見るようになったのは昨年春の引退会見後からだった。

はじめてイチローに出会った (もちろん直接出会ったことは一度もない、イチローの存在を知った)のは小学生の低学年の頃。野球経験者、そして野球好きの父は大リーグをテレビで見ていた。そのテレビを見てはイチローの話をしてくる父。自分は正直聞き飽きていた。当時スポーツが嫌いだったため、もっと面白いものを見たかった。大リーグの中継がテレビを占領することにより、彼の偉大さを知らないにも関わらず自分のイチローの第一印象は "つまんない" という酷いものであった。

小学校高学年になった時、将来の夢" を作文にする授業があった。その時に例として配られた一枚の作文に心を奪われた。作者を見ると、

自分 : 『すずきいちろう...誰だろう』

この時の自分は、イチロー = 鈴木一郎 ということを認識していない。そのため、『カッコいいな。』と心の声が漏れそうになるくらい読んで感動したのを覚えている。
そうです。みなさんが予想しているとおりです。家に帰って母にこの感動を伝えたくて、『この、すずきいちろうって人だれ?』と聞いた数秒後に自分はこの作文を放り投げました。笑

『後悔などあろうはずがない』

彼が引退会見時に言った一言。自分は18年間カヌーをし続けていますが、競技人生にピリオドを打つ時に果たしてそう言えるのだろうか。
小学3年生から本格的に野球をはじめたイチローは、約36年間の競技人生でもしかしたら五輪で優勝することよりもはるかに難しいことをたくさん成し遂げてきたのではないかと思う。でも、その中には必ず不振に終わった1年も何回もあって。それでも、「後悔などあろうはずがない」と言えたのはなぜか。どうすればそんな競技人生を送れるのか、気になってたくさんの本を漁り、引退会見を繰り返し見返し、彼の歴史や背景を知った。

『愛された選手』

これが自分のたどり着いた結論だ。たくさんの功績を積み上げてきたがファンが惹かれたのはそこではない。功績を積み上げるために見せてきた過程だ。"過程が結果を生み、結果を生んでも過程を大切にする。それが結果を生み続けた"。そしてその姿に誰もが敬意を称し愛され、世界のイチローになったのではないかと思う。

彼の引退試合、同じチームの選手だけでなく、相手チーム、審判、監督、観客、スタジアム内にいる全ての人がスタンディングオーベーションとイチローコール、大きな拍手で彼を見送った。彼が引退会見で言ったのは「後悔などあろうはずがない」ではなかった。

『あんなものを見せられたら...後悔などあろうはずがない』

であった。
彼の後悔のない競技人生は彼の努力だけで作り上げることができたものではなく、たくさんの支えがあって完成したものだと感じた。

彼のような競技人生を送るためにはと、ひとつひとつの自分の行動や考え方、目標を再確認することができた。あんな第一印象だったのに...

今や自分はイチローのファンである。

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