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2020.08.14

憧れのチームでキャプテン 横江豊

一滴のしずくはやがて川になり、大きなうみを形成する。滋賀レイクスターズもそうやって、故郷やバスケットを愛する者たちによって形を成してきた。この連載では、そんなバスケットマン(B-MEN)のサイドストーリー(B面)を軸に、レイクスの軌跡をひもといていく。

(構成・文:白井邦彦)

【B-MEN/B面】
第十回:横江 豊
レイクス三代目キャプテン

光栄と不安の狭間で揺れる

横江豊がレイクスの三代目キャプテンに就任したのは、bjリーグ最後の2015-2016シーズンだった。悲願の初優勝へのラストチャンスであり、翌シーズンにはbjリーグとNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)を統合する形で誕生した新リーグ(Bリーグ)が始まるタイミング。その微妙な時期に、横江は相反する2つの思いを抱いてキャプテンになった。

一つは光栄な気持ちだ。彼が光泉高校時代、まだ海の物とも山の物ともつかないチーム状況にも関わらず「将来、滋賀レイクスターズに入ります」と公言していた。レイクスは横江にとって憧れのチーム。そのキャプテン就任を誇りに思わないわけがない。

「僕が高校の頃にレイクスのbjリーグ参入が決まりました。どんなチームになるかは不明でしたけど、地元にプロチームができるなら、そこでプレーしたいと思いましたし、試合後のインタビューでレイクスに入ります!と公言しちゃいました(笑)。それくらい好きなチームのキャプテンですから、やっぱりうれしかったし、光栄に思いました」

その一方で、なぜ今シーズンなのか、という思いもあった。Bリーグという未知の存在が、横江を不安な気持ちにさせていた。当時、こんなコメントを残している。

「bjとNBLが統合される新リーグは今までと比べ物にならないほどハイレベルになると言われています。特にNBL選手のレベルが高く、bj出身選手が新リーグで生き残るのは難しいという声も聞かれる。新リーグで生き抜くためには、1人の選手としてアピールしなくてはいけない。1人のバスケット選手として大事なシーズンに、チームを最優先に考えなくてはいけないキャプテンになる選択肢は正しいのかどうか。キャプテン指名は光栄ですが、なぜ今シーズンなのかという気持ちもありました」

それでも横江はキャプテンを引き受けた。レイクスへの愛情が、彼を突き動かした。

優勝以外は意味がない

横江のキャプテン就任から約2ヶ月後の8月29日、滋賀レイクスターズの新リーグ(のちにBリーグと発表)1部参戦が決まった。その舞台裏は別の機会に委ねるが、横江もフロントスタッフとともにその歴史的な瞬間を共有した。そしてキャプテンとしての覚悟が固まったという。

「フロントの方々が泣いて喜んでいる姿を見て、自分個人のことはどうでもいいと思えた。今はキャプテンとして、レイクスが1部で戦うための土台を作らないといけない時だなと。新リーグの西地区には強豪が揃っていましたし、そこで生き残るにはチームの成長が不可欠だと感じました。レイクスにとって今シーズンは、すごく大事な1年になると思います」

横江は「絶対、優勝」を目標に掲げた。前シーズンに有明ファイナルズへ進出し、現実味を帯びた目標設定でもあった。

「優勝以外に目標を持っても意味がないですし、優勝してはじめて“優勝に値するチームだった”という周りからの評価も得られる。キャプテンとしていろんな場面で“目標は?”と聞かれると思いますが、どんな状況でも常に“優勝です”と答えていきます。それが僕の覚悟ですし、それにbjリーグの頂点に立てるチャンスは今シーズンが最後ですからね。優勝できたらレイクスは間違いなく成長できていると思いますし、それが新リーグで戦う上での自信というか、武器にもなると思っています」

結論を言えば、2015-2016シーズンのレイクスはプレイオフ・カンファレンス・セミファイナルで京都ハンナリーズに敗れて終了した。初優勝には届かず、2年連続の有明ファイナルズ行きも逃したが、レギュラーシーズンでは過去最多の35勝を挙げている。プレイオフ・ファーストラウンドでは、有明で敗れた浜松・東三河フェニックス(三遠ネオフェニックス)にリベンジも果たしている。B1 リーグで戦う準備はある程度できたと言ってよかった。

横江個人としても、エースPGとして52試合に出場し、プレイタイムは自身プロキャリア初の2,000分越え(トータル2,061分/1試合平均20.4分)。チームへの貢献度は高かった。

そして翌シーズンもレイクスと契約した横江は、再びキャプテンを務めることになる。

その過程で、横江の転機となったのは、やはり有明ファイナルズ進出という出来事だった。当時、横江はこんな話をしている。

「有明に行けたことは自信になりました。でも、有明では自分のプレーが全くできなかった。ああいう大きな舞台で勝つためには、どういう精神状態で挑まないといけないかも理解できた。経験値としては充実した1年でした」

奇しくも、その有明は二代目キャプテン小川伸也のラストマッチとなり、横江の三代目キャプテン就任というレールが敷かれた舞台でもあった。次回は、その有明ファイナルズで起きた一つの奇跡を振り返る。

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