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2020.08.07

「滋賀のホームはやりにくい」 熱狂アリーナの支える人たち  

一滴のしずくはやがて川になり、大きなうみを形成する。滋賀レイクスターズもそうやって、故郷やバスケットを愛する者たちによって形を成してきた。この連載では、そんなバスケットマン(B-MEN)のサイドストーリー(B面)を軸に、レイクスの軌跡をひもといていく。

(構成・文:白井邦彦)

【B-MEN/B面】
第九回:熱狂アリーナの誕生
ホームゲームを支える人たち

熱狂アリーナの始まり

相手チームのHCが記者会見でこんな言葉を残すことがある。

「滋賀のホームはやりにくい」

レイクスチアリーダーズ、演出、スタッフ、そしてレイクス・ブースターが一体で創り出す空間は、相手チームに重圧を与え、レイクスの選手たちには大きな力を授ける。2014-2015シーズンからレイクスで2シーズンを指揮した遠山向人HCは、その重圧と恩恵を肌で感じた一人だった。
「宮崎シャイニングサンズのヘッドコーチ時代に滋賀で試合をしました。試合会場の雰囲気がすごくいいなと思った一方で、やっぱり戦い難さも感じました。レイクスのHCになるにあたり、あのホームアリーナで試合ができることを魅力に感じていました」

熱狂アリーナ。クラブ草創期からこの表現が似合うレイクスのホームゲームだが、Bリーグ2年目の2017-2018シーズンからは「関西NO.1熱狂アリーナ宣言”を掲げ、クラブとしては関西NO.1を自負している。その始まりは、2008年10月11日のbjリーグ開幕戦にさかのぼる。そう、滋賀レイクスターズの歴史が始まった試合だ。
会場となった滋賀県立体育館(現ウカルちゃんアリーナ)には、2528名の観衆が詰めかけた。相手はbjリーグ3度の優勝を誇る大阪エヴェッサ。期待と不安とが入り混じる独特の空気が会場全体を覆っていた。

初代キャプテン藤原隆充はこの開幕戦が特別な試合だと話す。

「ここからレイクスの歴史が始まるんだという気持ちの高ぶりと、大阪を相手に自分たちがどこまでやれるかという不安とがあった」
結果は2連敗。プロリーグで戦う厳しさを味わった一方で、滋賀に新たなバスケット文化が花開く予感を感じさせる2日間となった。
その後、さまざまなドラマが起こり、観客の一喜一憂とともに“ホーム”は成熟。2011年5月1日のプレイオフ・ホーム初開催(ファーストラウンド・京都ハンナリーズ戦)では、当時の過去最多動員(3046人)を記録。相手チームが嫌がる滋賀のホームは、Bリーグに移行した後もなお成長を続けている。

ホームゲームを支える人たち

そんな熱狂アリーナは、滋賀レイクスターズのスタッフはもちろん、多くの方々に支えられている。
アリーナを華やかに彩るレイクスチアリーダーズは、その筆頭と言える存在だ。『Lakes Magazine』2016年6月号の「特集 ありがとうbjリーグ 滋賀レイクスターズ喜怒哀楽の8年」で、川中尚子ディレクターはメンバーたちの笑顔が印象に残っていると振り返った。
「チアリーダーと言えば笑顔!ですがレイクスチアのイベントや試合以外での笑顔が印象に残っています。苦手なことを克服した時の嬉しそうな笑顔、練習前や練習後のふとした笑顔、プライベートで遊んでいる時の笑顔、シーズン終了時の打ち上げではしゃいでいる時の笑顔など。(中略)有明行きを決めた時の京都観戦時の笑顔は最高でした」

川中ディレクターは、彼女たちが最高のパフォーマンスを披露するために厳しい練習を重ねていることを誰よりも知っている。だからこそ、コート上で見せるプロとしての笑顔ではなく、ふとした瞬間の笑顔が印象に残っている。多くの人々がレイクスチアリーダーズのパフォーマンスに胸を打たれるのは、プロフェッショナルとしての誇りを貫いてきたからに他ならない。

誇りを持って運営をサポートしてきたのはボランティアスタッフも同じだ。本誌同企画では、こんなコメントが寄せられた。
初年度から運営をサポートする伊地田朋子さんは「応援し続ける喜びは何ものにも代えがたい幸せです」と語り、石田知子さんは「帰り際に“ありがとう”と声をかけてくださる方がいる。一番の喜びであり、元気の源です」とつづる。
自ら楽しみながらレイクスを支える。その喜びの輪が、温かみのある“ホーム”を作り出し、また現在のゲームコンダクターSHIGAにも繋がっている。

楽しむ点では、テーブルオフィシャルズの皆さんも負けてはいない。スコアシートの記録や交代・タイムアウトの管理といった審判の補佐を全うしながらも、時にレイクスの熱が伝わり過ぎることもあるようだ。馬場恵子さんは、本誌同企画で愉快なエピソードを教えてくれた。
「みんな一生懸命に各自の責務を全うしますが、時には熱くなり過ぎるあまり、メンバー間でケンカがはじまることも…(笑)。その時はレフリーさんが、笑いながら仲裁に入ってくれます。一度、ダブルテクニカルを示されたこともありました(笑)」

ほかにも、熱量の多いスタッフは山ほどいる。ホームゲームの実況を担当するBBCびわ湖放送のクルーの皆さん、熱血実況でおなじみのフリーアナウンサー牧田もりかつさん、解説の北波正衛さん(立命館大学体育会男子バスケットゴール部総監督)、豊田則成さん(びわこ成蹊スポーツ大学副学長)、オフィシャルショッププロデューサーの深田知広さん(株式会社ヤススポーツ)、各飲食ブースの皆さん、パートナー企業、各メディアの方々、オフィシャルカメラマンなどなど、書ききれない方々の“熱”が集まってホームゲームは開催されている。

その“熱”をうまくエネルギーに変えてきたのが、bjリーグ参入初年度からアリーナDJを担当する仙石幸一さんだ。
「レイクスができた当初は、滋賀にプロチームを応援する文化がなかったので、お客さんをなんとか盛り上げようと、意識的にあおったりもしました」
Go!Go!LAKES COME ON!というコール&レスポンスがその代名詞。だが、シーズンを重ねるごとにあおる回数も減り、観客から自然発生的に応援が始まるケースが増えていくことになる。プロチームを
応援するカルチャーが根付いた、一つのバロメーターだ。

そして、ホームで育まれた熱はアウェイにも飛び火し、選手たちを何度も勇気づけた。悲願の有明行きを決めた2014-2015シーズンのプレイオフ・カンファレンスセミファイナルの京都ハンナリーズ戦もその一つだった。
のちに三代目キャプテンとなる横江豊は、アウェイでの厳しい京都戦を制した後にふともらした。

「多くのブースターさんやレイクス関係者が来てくれて、ホームで戦っているみたいでした」

この熱は今も変わらずレイクスの財産である。(次回は横江豊ストーリー)

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