2019.09.07

【対談連載】第5回 薬師寺利弥監督 × 西村大介代表

湖国のラグビー

怖いのは主体性の一人歩きと、進化世代を超える努力をしない大人たち。

滋賀レイクスターズ西村大介の対談連載5回目。今回は光泉高校ラグビー部を率いる薬師寺利弥監督。
高校・大学・社会人で日本一を経験した元トップラガーマンは、2006年に光泉高校ラグビー部を立ち上げると、創部3年目でチームを初の花園出場(全国高校ラグビー大会)へと導いた。以後、全国大会出場は8回。
2018年度には高校日本代表監督も務めた指導者に、本当の〝主体性〟とは何かを聞いた。

日の丸の重みをどう伝えるか

〈西村〉薬師寺先生は、2016年度から3年連続でラグビー高校日本代表の指導に関わられていますが、若い彼らには日の丸を背負う重みをどのように伝えていらっしゃるのですか?

〈薬師寺〉高校日本代表は優れた選手たちの集まりですが、中身はまだまだ高校生です。その彼らをいかにしてフル代表ヘと導くかが私たちの役目になります。ラグビーには高校2年生が主体のU-17日本代表があり、その上にU-19日本代表(高校日本代表)、そしてU-20日本代表があり、その上がフル代表になります。赤と白の桜のジャージーを着る機会があるのはU-17日本代表から。U-20の上はフル代表ですので、U-17〜U-20という限られた期間で日の丸を背負うとはどういうことかを教えないといけない。国歌斉唱の意味、桜のエンブレムを付けて戦う責任、自覚、誇り…。私が2018年度に高校日本代表の監督をした時は「覚悟」という言葉を使って伝えました。

〈西村〉「覚悟」ですか。それをどのようにして伝えるのですかか?

〈薬師寺〉高校日本代表が招集されるのは、花園が終わった後です。運転免許を取りたいとか、卒業旅行に行きたいとか、なんとなくふわふわした気持ちになる時期です。だから、”お前ら!ジャパンを背負うとはな!”とやっても子供たちには響かない。その時に使うのが、伝統のマインドセット方法です。

〈西村〉それはぜひ聞きたいですね。

〈薬師寺〉まずカミナリを落とす(笑)。そして日の丸を背負うとは…という映像を見せる。これを何回も繰り返した後に海外遠征へ行く。そして現地に着くと、このチームで勝ちたいという気持ちが自然と高まっていきます。まぁ、気持ちが最高潮に達すのは帰国する直前ですけどね(笑)。でも、彼らは代表の誇りを持って帰国する。近い将来のフル代表を育てる点で、この遠征でのマインドセットは意味がある。

〈西村〉今のお話をお聞きしていると、日本のラグビー界は若い世代からしっかりとした育成システムができているように感じました。

〈薬師寺〉一見すると育成システムはしっかりしているように見えます。でも、少しコアな話をすると違う見方もできます。例えば、高校日本代表には優れた身体能力を持った選手たちが集まってきますが、ベーシックスキルは個人差が大きい。”花園”という存在が大き過ぎるのか、勝ち負け最優先でベーシックスキルよりも戦術や戦略に片寄った指導をする高校もあります。エディ・ジョーンズ(前日本代表監督)が来日したのを機に、日本でも正しいスキルを学ばせようという方向に変わりましたが、彼の考えや思いが浸透しているかどうかは微妙です。とはいえ、体感としてですがエディによって日本のラグビー界はガラッと雰囲気が変わったと思います。U-19世代では、世界トップのウェールズやスコットランドとも対等に戦えるまでに成長していますからね。

〈西村〉ということは、今の高校生や大学生が社会人になって日の丸を背負う時、日本はもっと世界との差を縮めている可能性があると?

〈薬師寺〉そうだと思います。自分が教えた選手がピッチに立つかもしれないという意味では、今年のワールドカップ日本大会よりも4年後のフランス大会を注目しています。

薬師寺利弥

PROFILE/やくしじ・としや。1974年11月20日生まれ、京都府出身。伏見工業高校、日本体育大学を経て、東芝ブレイブスルーパスへ。高校・大学・社会人で日本一を経験し、社会人では日本選手権3連覇に貢献。現役選手引退後は俳優業を経て、2006年に光泉高校ラグビー部を創部。同時に監督に就任。2015・16年度には高校日本代表BKコーチ、18年度には高校日本代表監督を務めた。

 

”主体性”が一人歩き

〈西村〉光泉高校でも高校日本代表と同じような感じで指導をされているのですか?

〈薬師寺〉違います。光泉高校では教育の枠組みの中にラグビーがあるので。社会でリーダーシップが取れて、周りから尊敬され、嘘をつかずに自分のやりたいことを貫き通すことができる人間スタイルを、ラグビーを通して身につけさせる考えが根本にあります。その上で、ラグビーでは日本代表になる可能性もあるし、社会人選手になることもできる。でも、私は”絶対にラグビーではご飯は食べていけない”と生徒たちに伝えています。

〈西村〉へぇ、そうなんですね。

〈薬師寺〉はい。今、君たちはラグビーで優位性を得ているかもしれないけれど、大学にいけばもっとすごい選手がいるし、もっと賢い子がいるし、お金稼ぎが上手な子もいる。そういう社会の中で、自分で道を開いていかないといかない。自立や自律へのアプローチを、ラグビーを通して行っています。

〈西村〉なるほど。では、ラグビーを通した教育という観点で、薬師寺先生が考える今の日本教育の問題点は何でしょうか?

〈薬師寺〉”主体性”という言葉が一人歩きしていることでしょうか。

〈西村〉”主体性が一人歩きしている”とはどういうことですか?

〈薬師寺〉主体性という言葉は、教育現場あるいはコーチング現場において”逃げ道”になりうる言葉だと思っています。何もしなくても”子供たちの主体性に任せています”と言えば、コーチングを放棄していても、なんとなく正しいように聞こえてしまう。本来、主体性とは自分で学んで、何もないところから自分で足りない部分を補って、そして新しいものを生み出していくことだと思います。

〈西村〉似た言葉で”自主性”があるかと思いますが、主体性とは何が違うのでしょうか?

〈薬師寺〉自主性は、例えば私たちが教えたことができていなかったので自主的に全体練習の後に個人練習しようかなと考えて行動すること。主体性はそのさらに上にあって、自分で栄養のコントロールをし、自分でトレーニングメニューを決め、自分で新しいものを発想していくこと。海外の選手たちが得意とする部分だと思います。本当の主体性の意味がぼやけている中で、その言葉だけが一人歩きしている。そこを危惧しています。

西村大介

PROFILE/にしむら・だいすけ。1977年3月18日生まれ、鳥取県出身。滋賀レイクスターズ代表取締役。京都大学アメリカンフットボール部時代は、1996年甲子園ボウル優勝を経験。社会人時代はオールXリーグ2度受賞し、2003年ワールドカップにも出場。選手引退後は京都大学アメフト部のコーチ、監督を歴任した。代表取締役を務める株式会社G-assistでは国公立大学体育会学生と企業とを結ぶ就職活動支援事業なども展開中。

 

強制から主体性への過渡期

〈薬師寺〉私たちの世代は”強制”の中で生きてきましたが、それでも主体性はあったと思っています。伏見工業高校時代の恩師・山口良治先生が、仮に、ほんと仮に怖かったとして(笑)…、部員たちはどうすればあの先生に怒られなくて済むのかを考えるわけです。まず勝てば怒られない、次はどうやって勝てば先生はご機嫌になるか、先生はパワープレーで勝つことがあまり好きではないので華麗でスピーディなラグビーで勝とう、そのためにこういうサインプレーをしてトライを取りに行こうとか…。こういう思考って、実は主体性だと思うんです。実は強制の中で生きてきた私たちの世代の方が主体性を持っていたのかもしれない。でも、今は教育現場で彼らに何も教えない中、主体性に移行しようとしている。西村さんは、この傾向が進むとどうなると思いますか?

〈西村〉難しい質問ですよね(笑)。私も京都大学アメフト部の監督をしていた頃は、主体性をすごく考えて指導してました。ティーチングとコーチングの違いみたいな話をよくされますが、私はこの2つには段階という差があると思います。京都大学の選手たちはほとんどがアメフトを経験していない状態で入部してきます。単純に体やスキルの基礎ができるまで、だいたい大学2年生まではティーチングがいいのかなと。ある程度の基礎ができた3年生くらいからコーチングに切り替えればいいのかなと思いながらも、そのざっくりとした切り替えのタイミングには葛藤がありました。強制から主体性に移行するタイミングは、単純に時間で割り切れるものではなく、個々で違うものだと思います。その匙加減が難しいですし、答えは今日明日では出ないのかもしれません。

限界を超える”ひと押し”

〈西村〉私も”強制”の中で育ってきましたが、今はそういう時代ではありません。その中で、もう少し背中を押してやれば限界を超えられるような生徒や選手がいるとします。昔なら、それこそ強制的に背中を押せばよかったのですが、今はそれができない中で、こういう局面を迎えた生徒や選手にどんなアプローチをされますか?

〈薬師寺〉我々が圧力で超えさせられていた限界を、主体性でどうやって超えさせるかということですね。一つの考え方としては、個人で勝ちたいと思うのではなく、チームでこの壁を打ち破りたいと思わせることだと思います。

〈西村〉なるほど。例えば、アメフトもラグビーもそうですが、タックルに行く時に理屈じゃない恐怖心があると思います。強制の時代なら”それでも行け”と言われた。こんな大きなヤツに…って話ですが”死ぬ気で行け”と。こういう場面ではどうですか?

〈薬師寺〉その時は”君が相手に抜かれた時に誰が代わりにタックルしているか”を説明します。当然、味方の誰かがタックルに入っています。その上で”君がそこでタックルして止めていれば彼はほかの仕事ができたでしょ”と話します。15人制のラグビーは、サボろうと思えばサボれるけれど、一人がサボれば誰かが代わりにやらないといけない。それを何度も言葉で伝えているうちに、実際に自分が抜かれた後に誰かが代わりにタックルしているシーンを目の当たりにする時がくる。そして次は自分が誰かの代わりにタックルをする選手にならないといけないと気づく。その時、さじかげんチームで壁を乗り越えて行こうという主体性が生まれてくると思っています。一線、あるいは限界を超えるためには、自分以外の別の要因が必要だと考えています。それに気づかせる行為を根気よく続けていくしかないと思います。

〈西村〉なるほど。”お前が手を抜いたらチームが負ける”みたいなふわっとした話ではなく、お前の代わりに誰がタックルしているんやと…。確かにそれくらい具体的だと選手たちにも伝わる気がします。私が講演などで話をする時は、今は価値観が変わってきていますと言います。私たちの世代のヒーローはウルトラマンです。今の高校生や大学生などはポケモンやワンピースですと。何が違うかというと、ウルトラマンは一人で戦う、そして圧倒的に強い、カラータイマーが鳴ってからの方が強い、つまり自分の危機に強いヒーローです。でも、今の子たちのヒーローは仲間力が強さですと。仲間がピンチになったらやたらと助けるし強い、そして敵をことごとく味方にしていく。それを小さいころから見ていて、刷り込まれている。正義とはなんぞや、どう生きたいのかと問うと、我々の世代は圧倒的に強い奴が正義、若い世代は仲間を大切にできる奴が正義となる。たまに先生が間違っているなと思うことを話すことがあるかもしれないけれど、君たちの方が進化した世代だから、価値観が違うと割り切って先生の話を聞いてねと。薬師寺先生の話を聞いていて、今の話が思い浮かびました。スポーツ指導の中でも仲間がどういう状態かを伝えるのは、有効な手段だと感じました。

〈薬師寺〉ワンピースとウルトラマンの違い、面白いですね。今はワンピースの世界に我々ウルトラマン世代がいるわけですから、我々がワンピースに進化しないといけないのかもしれません。そうでないと、生徒たちを理論で納得させられませんしね。理論で納得させた上で最後にウルトラマンという名の熱血を出してやると、カラータイマーが鳴った後に火事場のくそ力が出てくる選手になるかもしれません。これが限界を超えるための”ひと押し”になる可能性もある。昔(ウルトラマン)が悪いわけではなく、今(ワンピース)が悪いわけではない。強いて悪いものを挙げるなら、進化している時代に対して、それを超えていく努力をしない大人たち。あまり言うと怒られるかもしれませんが…(笑)、そこだと思います。

〈西村〉子供たちに主体性を説く前に、大人たちが主体性を持って進化をしていかないといけないわけですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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