2019.05.10

【対談】英語教育推進の根底にあるもの 越 直美大津市長 ×西村大介代表

滋賀レイクスターズ西村大介の対談連載3回目のお相手は、レイクスのホームタウン大津市長・越直美氏。
2012年に史上最年少の女性市長(36歳6ヶ月)として初当選した才女は、自らの留学経験から「外国語教育の充実」を進めてきた。

その原点となる越市長の考えが「女性が子育てと仕事を両立できる仕組みづくり」。まずは大津市が取り組む外国語教育について話をうかがうことになった。

〈西村〉本誌1月号で尾木ママさんと対談しました。2020年に大学試験が変わることを前提に、教育のあり方について話をしました。

〈越〉はい、読ませていただきました。私の考えも尾木先生と共通する部分が多く、AI時代に向けて、 子どもたちが考それを行動に移せるような教育改革の必要性を感じています。

〈西村〉その対談では、 英語教育の改革も話題に挙がりました。越市長は海外留学の経験もおありですが、 そもそも外国語教育についてはどのような意見をお持ちでしょうか。

〈越〉私は日本で弁護士として約6年働いた後にアメリカへ行きました。昔から海外へ行きたいとは思っていましたが、 アメリカのロースクールは学費が高く、なかなか個人では行けません。6年働けば留学させていただけるという前提で大手の法律事務所に入り、 そしてハーバード大学に留学しました。でも、 ここからが苦労の始まりでした(笑) 。謙遜なしで、 全生徒の中で英語が一番下手だったのは私だったからです。最初は教授の質問内容が全くわかりませんでした。ようやく質問が理解できるくらいに慣れてきても、 私の英語が依然として相手に伝わらない。この時期が私の人生で一番やせていたくらい、苦労しました (笑) 。

〈西村〉アメリカは脂っこい食べ物が多いのに... (笑) 。英語とは少し話が離れますが、 法の授業は相当頑張らないと乗り越えられないのではないですか。

〈越〉そうですね。ロースクールでは、1回の講義の前に100ページくらいの判例などを読まないといけない。ゆっくり読んでいたら読み終わらない。留学させてもらって単位を落とすわけにはいかないので、 毎日図書館にこもって勉強しました。ご飯を食べている時間がもったいないので、 夕食はコーラだけの日もありました。

〈西村〉それで人生で最もやせていらっしゃったわけですね (笑)。

間違っていても自分の意見を言う

〈西村〉私の考えでは、 外国語はコミュニケーションの手段の一 つだと思っています。でも、今までの日本の教育現場では受験科目の一つとして捉えられてきたように感じています。 越市長はどうお考えでしょうか?

〈越〉私も全く同感です。アメリカの授業では、 間違っていてもいいので自分の意見を言うことを求められます。意見を言わない人は居る意味がないとみなされるからです。だから、皆、間違っていても平気で意見を言います。

〈西村〉なるほど。日本の授業は間違ってはいけないような雰囲気がありますし、子どもたちが意見を言う機会も少ない気がします。その風潮が続いてきた中で、 大津市では今後どのような取り組みをされていくのかをお聞かせいただけますか?

〈越〉私がアメリカに行って他の外国人と比べて感じたことは、 外国語を「聞く」と「話す」という能力が圧倒的に劣っていた点です。書いたり、 読んだりは日本人も他の外国人もさほど変わらない。国では昨年度 (H30) から英語教育のスタートを小学3年生に引き下げられましたが、大津市では4年ほど前(H27) から1年生からスタートするようにしています。なぜかと言うと、小学1年生から始めると、読み書きではなく、「聞く」「話す」という部分から英語に触れられるからです。西村さんも言われた通り、 語学はコミュニケーションの手段であって、受験勉強のためのものではありません。小学1年生から始めると、先入観なしで、純粋にコミュニケーション手段として楽しく語学を学べます。その部分はすごく大きいと考えています。

〈西村〉確かに。幼い頃からコミュニケーション手段として外国語に触れられるのは大きいですね。手前味噌ですが、 滋賀レイクスターズではバスケットボールで英語を学ぶという取り組みを始める予定です。これは7カ国語を話せるサッカー元日本代表GK川島永嗣選手が展開しているサッカーで英語を学ぼうというスクール事業のバスケ版です。コーチは全て英語で話してくるので、 英語がわからないとバスケが上手くならない。だから、子どもたちは一生懸命に英語を勉強する。川島選手のところでは、 3歳でスクールに入った子が小学生に上がる前にはリスニングがほぼ完璧になるそうです。子どもたちにとって英語は、うまくなる、競技を楽しむために必要な一つのツールというわけです。

〈越〉大津市では、 オーストラリアなどの学校とスカイプでつないで、子どもたちがお互いの街について意見交換する授業なども行なっています。 また、中学校ではオール・イングリッシュの授業をやっています。大津市は他都市よりもALT (外国語指導助手) が多く、今年も40人が活動しています。目的は習った英語を使う場面を増やすためです。「通じた・通じない」という感覚を体験できるだけでも大きいと思います。その中で、大事なことはやはり自分の意見を言えること。自分の考えをアウトプットする機会にしてほしいと思っています。

女性が活躍できる大津市へ

〈西村〉この対談で女性に登場していただくのは今回が初めてです。そこで、ぜひお聞きしたかったのは、自制が活躍する社会にしていくには何が必要かということです。そのあたりはどうお考えでしょうか?

〈越〉「活躍」の定義や意味はいろいろあると思います。その中で、私が大津市長の立場で考えているのは「女性が自由な選択をできる市にしたい」ということです。私が市長に立候補をした一番の動機でもあります。アメリカのロースの弁護士が法律事務所で働いている時、 同僚の男性クールを卒業した後にニューヨークの「育児休暇をとって1年ほど休むけど後の仕事をよろしくね」と言って休暇に入る出来事がありました。日本では男性が育児休暇をとるなんて話はほとんどなかった頃だったので、すごく驚きました。それを機に周りを観察してみると、 アメリカの法律事務所では女性のパートナー (経営者) が日本よりも多く、働く時間も短い。一方で、 日本は女性が仕事か子供かを選ばないといけいない社会だなとも改めて気づかされました。実際に私の周りでも「出産を機に仕事を辞めた」という友人が多かった。市長になって、その改善策の一つとして保育園を増やしました。延べ3000人くらいの保育園の定員を増やし、 年度当初で4年間、待機児童ゼロとなりました。0歳から5歳の子どもを持って働いている女性も60%ほど増えました。女性の選択肢が増えたことにつながっていると思っています。

〈西村〉なるほど。ちなみに、越市長が初めて当選された時、史上最年少の女性市長として話題を集めましたが、その時に「よし!市長選に出よう」と一歩を踏み出すにはかなりの勇気が必要だったと思っています。その勇気はどこから湧いてきたのでしょうか。

〈越〉実はすごく迷いました。でも、女性が生きにくい日本の社会を何とかしたい思いも強くありました。いろんな方々に相談する中で、友人から「自分にしかできないことをやるべきだ」と言われました。弁護士の仕事に代役は立てられるけれど、市長は任期中はたった1人しかいません。当時36歳でしたが、市長として、その年齢でしかできないこと、また、女性の私にしかできないことをやるべきだと出馬を決めました。

〈西村〉自分にしかできないことをやるべき。その覚悟が大きな一歩を踏み出す勇気になったわけですね。滋賀レイクスターズも我々にしかできないことに挑戦して、その姿を見た滋賀のみなさんが何かに挑戦しようと一歩を踏み出せるように頑張っていきたいです。本日はお忙しい中、貴重な時間をいただき、ありがとうございました。


PROFILE/こし・なおみ。1975年7月5日生まれ、大津市出身。大津市立南郷小学校、南郷中学校、膳所高校を経て北海道大学法学部へ。司法試験に合格し、2001年には北海道大学大学院法学研究科修士課程修了。弁護士として東京の西村あさひ法律事務所で働く。2009年にハーバード大学ロースクール修了、ニューヨーク州司法試験合格、ニューヨークの法律事務所に勤務。2010年にコロンビア大学ビジネススクール日本経済経営研究所・客員研究員を務め、2011年には国連ニューヨーク本部法務部研修を受けた。2012年1月から大津市長を務めている。

PROFILE/にしむら・だいすけ。1977年3月18日生まれ、鳥取県出身。滋賀レイクスターズ代表取締役。京都大学教育学部卒業。大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、1996年甲子園ボウル優勝(学生日本一)。社会人時代はオールXリーグ2度受賞し、2003年ワールドカップ日本代表メンバー選出など輝かしい成績を残す。選手引退後は京都大学アメフト部のコーチ、監督を歴任し、2018年から滋賀レイクスターズへ。代表取締役を務める株式会社G-assistでは、全国の国公立大学体育会学生と企業とを結ぶ就職活動支援事業のほか、学校教育コンサルティング事業も展開中。

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