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2018.01.06

[パラ馬場馬術]日本障がい者乗馬協会/明石乗馬協会 常石勝義

くり返し、くり返し…。それが東京パラへのキーワード。

コースを体に叩き込む

「ジョッキー時代のクセが抜けなくて…つい、ムチで馬のお尻を叩いてしまうんです。 馬術の馬は叩いたらアカンのにね(笑)」

茶目っ気たっぷりに”あるある”を話してくれた草津市在住で元JRA騎手の常石勝義(40)。二度の落馬事故の影響でジョッキーを引退し、今は左半身のまひと高次脳機能障害と向き合いながら、2020年の東京パラリンピック出場を目指している。

「競馬で乗る2歳や3歳といった若い馬と違って、馬術の馬は7歳とか高齢でおとなしい。 頭もいいからムチで叩かなくても言うことを聞いてくれる。 でも、つい…ね、もっと頑張れ〜って…(笑)。 競馬のクセを抜くのは難しいです」

体が勝手に反応するくらい叩き込むのは、忍耐も、努力も、そして時間も必要だ。記憶力に支障をきたす高次脳機能障害を負う常石にとって、体から記憶を抜くという行為は、新しいことを覚えること以上に難しいかもしれない。 記憶を抜いたことを忘れてしまうからだ。 冒頭の”あるある”は笑い話のようで、今の常石にとっては課題でもある。

馬場馬術ではコースを暗記することが大前提としてあるからだ。

5年ほど前から常石に馬場馬術を教えている明石乗馬協会の三木薫コーチ( 62)はこう話す。
「昨年12月にコースが変わって、それを覚えるのに約1年かかった。 まだ2つほど間違うけれど…。 左半身まひの影響で左目が見えにくく、まっすぐ馬を歩かせられないのも課題の一つ。 でも、それ以上にコースを覚える方が大きな課題で、勝手に体が反応するまで、くり返し、くり返しやるしかない」

もう一度、大舞台へ

常石は1996年3月2日にJRAデビューを果たし、約5ヶ月で12勝を挙げた。 1勝もできない騎手がいる厳しい世界で、これは一つの快挙と言っていい。 競馬学校の同期にはのちにJRA最多勝騎手となる福永祐一や、テイエムオペラオーとのコンビで重賞8連勝を果たす和田竜二らがいる。 同期10人中6人がG1制覇を果たしている、いわゆる”花の12期生”の一人。2013年9月に東京パラリンピックの開催が決まった時、華々しい舞台で生きてきた花の12期生の血が騒いだ。
「さすがに2016年のリオ大会は時間的に難しいけれど、東京なら間に合うと思った。 最初は脳のリハビリではじめた乗馬でしたけど、もう一度、馬と一緒に大きな舞台で立ちたいと思った」

パラリンピックの指導資格を持つ三木コーチを慕って、今は週2回ほど明石乗馬協会に通っている。 昨年、つま恋(静岡)で競技馬 「ヴェスレイ」 をリースし、いよいよ本格的に夢への階段を登り始めた常石は、笑顔でこう話した。
「東京パラの開催が決まって10代や20代の若い競技者が増えた。 彼らは40歳のおっさんと違って脳が柔らかい(笑)から吸収も早い。 でも、馬が怖くないという点では私の方が有利だと思っています。 それに馬が大好きな気持ちでは絶対に負けないですね」

常石 勝義

日本障がい者乗馬協会/明石乗馬協会

Profile つねいし・かつよし。1977年8月2日生まれ、大阪府出身。1996年にJRA(日本中央競馬会)のジョッキーとしてデビュー。栗東トレーニングセンターに所属していた。平成25年にJRA最多勝騎手となった福永祐一や重賞8連勝の記録を持つ和田竜二、女性騎手の増沢由貴子らとともに競馬学校花の12期生の一人。2度の落馬事故に会い、一度は復帰したが、二度目には度重なる脳外傷により高次脳機能障害と診断されて復帰を断念。2014年から東京パラリンピックを目指し、本格的に馬術を始めた。

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