2017.03.24

専修大学 / 体育会馬術部 / 大當祥貴

4月から大学最終年。悲願の学生王者へ。

名門の主将として2年目

2016年の初夏。専修大学体育会馬術部の大當祥貴は、学生日本代表の一人として第11回世界大学馬術選手権大会(スウェーデン)に帯同した。この大会で日本は初の団体銅メダルを獲得。大當は「初めての海外試合。自分はレースにはあまり絡めていないけれど、次につながるいい経験ができた」と話す。代表に選ばれたのは4人。日本人初の個人総合優勝を果たした沖廣諒一(日本大学)以外の3名は、大学3年生。強引を承知で言うなら、沖廣が抜ける4月の新年度からは日本学生馬術界のトップ3に大當が名を連ねることになる。湖国の誇りと言っていいだろう。名門・専修大学では3年次から主将に抜擢された。「主将2年目の新年度は、個人も団体も全日本学生で優勝したい」と言う。全日本学生馬術選手権大会(総合馬術)での過去最高位は、大学2年生の時に記録した3位。昨年は世界大学選手権の経験を活かしてさらに上位を狙う予定だったが、9月に腰を痛めて思うようなシーズンが送れなかった。大学生としてのラストイヤーにかける想いは、人一倍強いというわけだ。

ある出会いで人生観変わる

大當は栗東トレセンで競走馬を 調教する一家に生まれた。その影響もあって小学5年から乗馬を始めた。栗東高校3年時には馬術部の主将を務め、学生馬術界の雄・専修大学へと進学する。そして、先述のように大学2年で全日本学生3位、3年で主将に抜擢などエリートコースを歩んできた。だが、意外にも競技者として本気モードの〝スイッチ〞が入ったのは主将になった昨年だった。「学生では日本大学がずば抜けて強い。次が明治か専修。日大勢を倒して優勝するのは、常識で考えると不可能に近い。自分も宜寿次 (ぎすじ)コーチと親しくなるまではそう思っていました」 専修大学の宜寿次亮コーチは寡 黙だった。そのせいで、内にたぎる 熱い想いがなかなか部員に届かな い。大當も主将になる前は「よくわからない」と思っていた。 「でも、主将としては宜寿次さんの考えを聞いて、部員に伝えないといけない。その立場で付き合うようになって、だんだん人となりが分かってきました。宜寿次さんからは勝つとはどういうことか、優勝するためにはどうあるべきかなど、いろいろと教えていただいた。自分の中で、日大には勝てないという気持ちが日に日に薄れていく感覚があった。それと...」 大當が得意とする総合馬術は、 陸上競技で例えるなら〝キング・オ ブ・アスリート〞と称される十種競技に近い。馬をいかにうまく操れるかを競う馬場馬術、より自然に近い障害コースを走るクロスカ ントリー、ジャンプ技術が問われる障害飛越競技を同一人馬で主に 3日間にわたって行い、合計減点の少なさによって順位が決まる。一 つの減点が大きく響くため、技術・ 体力、集中力に加え、勝ちたいとい う強い気持ちが求められる。「主将として1年を過ごしたことで、宜寿次さんに限らず、スタッフやOB・OGの気持ちを本当の意味で理解できた気がします」 専修大学体育会馬術部の創部は大正11年。湖国生まれの主将は、この長い歴史に新たな1ページを刻むつもりだ。

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