2025.08.21
さぁ「BUCHIAGE」ようか。黄金期の再興に向け〝連覇〞をめざす。
〝連覇〞の重圧を楽しむ
昨年、立命館大学アメリカンフットボール部パンサーズ(以下、パンサーズ)が9年ぶりに「甲子園ボウル」(阪神甲子園球場)を制し、大学日本一に輝いた。〝黄金期〞の再興へ向けて狼煙を上げた今年、めざすのは連覇のみだ。その大役を新キャプテンとして担うのが今田甚太郎(4年生)だ。
2年生からスターターとして活躍してきた今田。キャプテンに立候補したのかと思ったが、実は本人も驚くサプライズ推薦だった。
「(監督からキャプテンを打診され)え、オレっすかと(笑)。全く考えていなかったので驚きました。実は高校でキャプテンをしていた頃、アメフトが好きではなくなった時期があります。自分が一人でチームを引っぱるみたいな感じで辛かったから。なので、新キャプテンになることを少し悩みました。でも、今年のパンサーズはみんな仲がいいですし、全員で戦うと決まってもいたので、それならやってみたいと思いました」
とはいえ、今年は王者として〝追われる側〞。今田の両肩にはかなりの重圧がかかると思われる。
「プレッシャーはでかいです。けど、その中で楽しむことができれば大丈夫かなとも思います。昨年の関学(関西学院大学)戦でそれを感じました。今まで関学は壁としてあって、いつも相当なプレッシャーがかかる試合です。でも、昨年は関学だから…とは考えず、自分たちのアメフトをやろうと。結果として純粋にアメフトを楽しめましたし、関学に勝利できた要因だとも思います」
「BUCHIAGE(ぶちあげ)」という今年のスローガンにも〝楽しむ〞という想いがこめられている。
「自分たちが一番ぶちあがっている状態でアメフトをすることが一番の強みだと思っています。〝ぶちあげ〞を相手チームや観客にも伝播させる。それを楽しめれば自分たちの強みを出せると思います」
ハードタックルやインターセプトといった派手なプレーが持ち味。今田の闘志が「BUCHIAGE」に火をつける。
五輪を狙う〝二刀流〞ルーキー
甲子園ボウル連覇を狙うパンサーズに、2028年のロサンゼルスオリンピック(ロス五輪)をめざす異色のルーキーが入ってきた。フラッグフットボール日本代表候補で、昨年の高校アメフト日本一を手にした奥村倖大(1年)である。
奥村はパンサーズが拠点を置く草津市の出身。小学1年から「リトルパンサーズ」でフラッグをはじめ、小・中で全国優勝も経験している。U15、U17とアンダーカテゴリーの日本代表を経験し、今年はロス五輪の強化指定選手24人にも選出されている。いわゆる〝二刀流〞の有望株である。
「フラッグは父の影響で始めた。昔から脚は速くて、何度もタッチダウンを決めて周りから褒められた。それでハマりました」
だが、高校選びは悩んだ。アメフトか、ハンドボールかで揺れたんだと言う。
「実はフラッグと並行してハンドボールもやっていました。どちらも推薦の話をいただいていました。最終的にはフラッグ仲間2人が追手門学院でアメフトをやると決めたので、自分も一緒にやりたいと思い、アメフトを選びました」
結果、高校では日本一に輝くのだから選択は間違いではなかったと言える。そして次は大学選び。その時、リトルパンサーズでの経験が大きかったと話す。
「フラッグの練習はここ(BKCグリーンフィールド)でやっていました。当然、アメフト部の皆さんともすれ違います。ごっつい人に挨拶されて怖かったのを覚えていますね(笑)。でも、同時に自分の将来像というか、ここでやりたいと思った。関学や関大(関西大学)の選択肢もありましたが、やっぱりあの頃の経験が大きかった」
パンサーズでは1年目から 「ファースト(スタート)」を狙っている。
「ランニングバックにはすごい先輩たちがいらっしゃる。壁は厚いです。でも、やるからにはファーストを。そのためには少ないチャンスをどうものにするかが大切だと思っています。会場をわっと驚かせるような面白いプレー、例えば相手の逆をついて綺麗に抜くとか、スピードで相手をぶっちぎるとか、そういうプレーでどんどん会場を沸かせていきたいですね」
10月にフラッグのアジア・オセアニア大会を控えている。来年の世界選手権、そしてロス五輪へとつながる大事な大会だ。一方で学生アメフトは秋季リーグが始まる。奥村にとっては„勝負の10月„になりそうだ。
写真提供/立命館大学アメリカンフォットボール部パンサーズ
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左:今田甚太郎 右:奥村倖大
立命館大学アメリカンフットボール部パンサーズ
1953年に創設。1987年にグレーターズからパンサーズにチーム名を変更。1990年に関西学院大学から初勝利を挙げる。1994年に拠点を京都から滋賀のびわこ・くさつキャンパスへ移す。同年に関西学生リーグ初制覇、甲子園ボウル初優勝に輝く。1998年に2度目の甲子園ボウル制覇を達成。2002年から2004年に甲子園ボウル3連覇を果たして第1期の黄金期を迎える。2007年から現在のBKCグリーンフィールドを拠点に活動。2008年、2010年、2015年にも学生王座に就くも、その後は関西学院大学の壁やコロナ禍の影響もあって日本一から遠ざかる。そして2024年に9年ぶりに甲子園ボウルを制し学生日本一の座を奪還した。