2025.01.01

彼の辞書に 「限界」の文字はない。

ついに〝ホープス〞でメダル

 オーパルオプテックスカヌーチームの中岡誠琉(北大津3年)には驚かされてばかりだ。将来の五輪候補生が世界から集う「オリンピックホープス」では、高校1年(2022年)に200mで日本人男子初のファイナリストになって関係者を驚かせると、翌23年には200m・500m・1000mの3種目でファイナリスト(500mと1000mは日本人男子初)を果たして度肝を抜いた。さらに今年(24年)は1000mで表彰台に。しかも、日本人初となるメダルの色は1位とわずか1秒差の〝銀〞である。

 「目標はメダル獲得でしたし、銅ではなくて銀だったのですごく達成感もありましたし、満足しています。高校1年の頃は準決勝敗退とかダメダメでしたから、それから比べるとだいぶ成長できたなと思います。全体的にスピードは速くなりましたし、体力がついて1000mでも勝負できるようになったのは今後に向けて大きな収穫かなと思います」

一つ上の世界ジュニアで5位

 ただ、オリンピックホープス以上に驚かされたのは7月の「ジュニア世界選手権」だった。年齢的にオリンピックホープスよりも上のカテゴリーに位置し、中岡にとっては初めて出場する大舞台。自身の限界を突破しないと太刀打ちできないレベルの大会だ。

 しかも、春先に小指を骨折しカヤックを漕げないもどかしい時期もあったという。

 「仕方がないので走ったり、体力トレーニングをしたりしていたのですが、やはり乗艇練習ができないとモチベーションも上がりませんでした。5月半ばから徐々に漕げるようになって、その時は漕げることの喜びというか、ありがたさを実感しました」

 本番まで1ヵ月ほど。限られた時間の中で、中岡は「一気に追い込む」という荒療治に出た。

 「オーパルの施設内にあるスキーエルゴを使って、20秒全力、10秒レストの組み合わせを8セット。ほぼ毎日やりました。いわゆるタバタトレーニングです。追い込んで、追い込んで、短期間で全身をバッキバキにしました(笑)」

 怪我の功名ではないが、結果的に小指の骨折によって中岡は限界を突破するきっかけを得たことになる。そして世界ジュニア5位という結果を達成し、ある想いが芽生えた。

 「(5位で)ロスオリンピックというものを目標として持てるようになった気がします。来年の世界ジュニアでメダルを取って、シニアの日本選手権で優勝する。その次にアジア大陸で2番以内に入ってシングル枠でオリンピック出場権を勝ち取るみたいな割と明確に目標が見えるようになりました」

 これからも次々と限界という壁は訪れるだろう。だが、日本カヌー界の至宝はそれらを着実に越えていくに違いない。2028年のロスオリンピックまで、中岡にはまだまだ驚かされそうである。

中岡 誠琉

オーパルオプテックスカヌーチーム/北大津高校

なかおか・せいる。皇子山中学校から北大津高校へ。現在3年。オリンピックホープスでは2022年に200mで日本人初のファイナリストに。23年は200m・500m・1000mの3種目でファイナリスト(500mと1000mは日本人男子初)、24年は1000mで銀メダル獲得(日本人初)と確実に記録を伸ばしてきた。さらに24年には初出場のジュニア世界選手権で5位入賞(日本人初)。166㎝、70㎏。

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