2019.01.08Lakes Magazine 編集部

子どもの将来を考える雑誌 尾木ママ×西村大介

都内の閑静な住宅街に佇む、教育評論家・尾木直樹さんの臨床教育研究所「虹」。 応接室で待つ西村はいつになく緊張していた。意見が衝突したらどうしようか…。 京都大学教育学部を卒業し、その後も教育について熱い想いを抱く西村だからこその不安だった。
だが、その不安は対談の早い段階ですっと消える。そして話はより広く、より深く進んでいった。

 

〈西村〉 私は滋賀レイクスターズに来る前、母校の京都大学アメリカンフットボール部の監督をしていました。 もちろん、スポーツにも興味はありますが、教育学部卒というのもあって教育にも高い関心を持っています。2011年に創刊した 『レイクスマガジン』 は、これまでスポーツ情報誌として滋賀県内で広く配布され、認知もされてきました。それなのに、スポーツの情報だけではもったいないなという思いがあって、2019年1月号からスポーツと教育の情報誌にリニューアルすることにしました。

〈尾木〉 あぁ、それで!納得しました。というのもね、スポーツの情報誌なのに、私になぜ取材のオファーが来たのかなと疑問だったんです(笑)

〈西村〉 私自身が尾木先生に興味があったからというのもありますが、本誌がスポーツだけではなく、〝子どもの将来のことを考える雑誌になりましたよ〞と、一目で読者にわかっていただきたくて…。 尾木先生のお力をお借りできればと思っております。

〈尾木〉 なるほど。 よく理解できました。では、全面的にご協力いたします(笑)

暗記系はAIに任せる

〈西村〉 今回うかがいたいことは大きく2つあります。 1つは日本の教育の現状。そして大学入試のセンター試験が廃止される2020年に大きく変わるであろう教育に向けて我々はどう変わればいいのか。時間が許せば、スポーツへの見解もうかがいたいと思います。 まずは日本の教育の現状について教えていただけますか?

〈尾木〉 みなさんもご存知の通り、日本はこれまで教育立国として国際的にも高い水準を保っていました。過去には、イギリスのサッチャー政権がモデルとして視察に来られたほど成果を挙げていました。

〈西村〉 評価を受けたのはどのような部分だったのでしょうか?

〈尾木〉 日本教育の典型は徹底した注入方式です。 一教室40人ほどのクラスサイズで教師が教育技術を駆使して子どもたちを束ねながら授業をしてきました。義務教育では、学力別に分けるなどの対策はとらずに教師の力量に任せて授業を行ってきました。その技量の高さは神業だと海外から賞賛されたほどです。そして、たくさん知識を注入し、高校や大学の入試で知識をアウトプットし、生徒たちをランク分けしていく。 大学入試も選択式で知識量を問うようなセンター試験が中心でした。ところが、ここに来て日本の教育が変革を迫られている。それは、社会全体の構造が変わってきたからなんです。

〈西村〉 確かに、現在は従来の詰め込み型の教育が見直され、変革の過渡期を迎えています。 その背景にはどんな社会の構造変化が考えられますか?

〈尾木〉 よく言われるのが、AI(人工知能)化とグローバル化です。 特にAI化については、2030年頃にはアメリカの職業の約半数がAIやロボットに替わるリスクが高いと言われています。そういう時代に、織田信長は何年に何をしたとか、英単語を6000語も覚えたとか、そういう暗記力を競う教育は求められなくなる。だって、AIにはかないっこないんですもの。現在でもすでにスマホで「織田信長」 と検索したら、瞬時に膨大な情報が手に入る時代でしょ。今までの日本型教育のような知識量や計算の早さはAIにお任せしておけばいいんです。これからの人間に必要なのはAIを使いこなす能力。平和のために、幸せに生きるために、私たちがAIをどう扱っていくのかが求められます。

生き延びる力の3要素

〈西村〉 グローバル化については、どんな見解をお持ちでしょうか?

〈尾木〉 OECD(経済協力開発機構)には現在36カ国が加盟しています。そのOECDが、2015年に新時代の教育のための事業計画として 「エデュケーション2030」 というプロジェクトを立ち上げました。 予測できない時代の到来に向け、子どもたちにどういった教育が必要かを検討するプロジェクトです。2018年にその討論結果が発表されました。 そして2030年時代の学力とは 「生き延びる力」 だと定義されました。 暗記力でも、100点を取る力でもないんです。

〈西村〉 面白いですねぇ。 今までだと「生きる力」 と言っていましたけど、「生き延びる力」 という表現なんですね。切羽詰まっている感じがします。

〈尾木〉 そう、緊迫感がありますね。 その「生き延びる力」 を構成する要素は3つあります。 1つは 「新しい価値を創造する力」 です。 数学の公式を覚えるとか、歴史の年表を暗記しているとかではなく、新しい価値、新しいものの見方を生み出す力が求められています。 先ほどもお話したように、古い学力観の下での仕事の多くはAIがやってしまうので、新しい価値を創造する能力が必要になってくるということです。

〈西村〉 なるほど。 新しい価値を創造する力。 では2つ目はなんでしょうか?

〈尾木〉 「緊張とジレンマの調整力」 です。これは人間社会だけの問題ではなく、実は自然界も含めたものです。2018年の日本をとってみても、台風が普通は北上するところを南下したり、12月に夏日があったり。この異常気象はとてもじゃないけれど、今までの防災という考えでは防げない。 政治経済ではアメリカのトランプ大統領のような人たちが支持を受ける現実がある。 しかも、彼らは独裁ではなく、選挙で選ばれているわけです。 この状況をどう受け止め、危機を突破していくのか。 世界のバランスを保つのは、AIに頼んでもやってくれません。 人間のバランス能力が問われる部分だと思います。

〈西村〉緊張とジレンマの調整力。 確かに、そのバランスを取るのはAIでは難しいでしょうね。 3つ目はなんでしょうか?

〈尾木〉 「自分で責任を取る力」 です。 私の感覚では〝自己責任〞ではなく、〝自分で説明できる力〞と言った方が正しいニュアンスかなと思っています。 スポーツ界でもフィギュアスケートの羽生結弦くんなんかは、試合の直後に自分が失敗したことについて、なぜ失敗したのかを自己分析し、淡々と語りますよね。自分で説明できる力、これは高度な能力だと思います。 最近のトップアスリートは特に、自分の課題に関して、最大のパフォーマンスができるかというところに価値を置いている。 一昔前のスポーツ選手やスポーツ界と比べると、メダルや順位だけが目標といった価値観から確実に変わってきていますよね。

アクティブ・ラーニングとは

〈西村〉 なるほど。 私もその通りだと思います。 でも一方で、日本の教育がいくら注入方式から変革しようと、何か文字に起こしてアウトプットするという行為は、どこまで行っても知識型のような気がします。 暗記問題ではなく、いくら国語の記述問題でいい回答を書けても、それで緊張とジレンマの調整ができたりはしないと思います。 机上の学習では難しいんじゃないかと思うのですが…。

〈尾木〉 さすが教育学部のご出身(笑)。その通りです。 だから今回、戦後の教育改革で初めて学び方、教師側から見れば教え方を定義したんです。 これまでの改定では、数学を2時間から3時間に増やそうとか、そういう枠組みの改定でした。 でも、今回は教え方を定義した。 これがよく言われるアクティブ・ラーニングです。 日本語で表現すると「主体的、対話的で、深い学び」 です。 京都の堀川高校での実践が有名ですが、探求型の学習といえば想像しやすいかもしれません。 2022年からは高校の教育改革も行われ、教科のネーミングも変わります。 日本史ではなく 「日本史探求」、世界史も 「世界史探求」 にね。つまり、日本の教育全体として、自分の興味や関心を抱いた部分をとことん突き詰めていこうという方針になる。 例えば、日本史の戦国時代が面白いと思えば、その時代をとことん深めていくような。 深めようと思うと、その周りの知識などを総動員しないといけないので、ほかの時代にも詳しくなる。 そういう学び方です。 しかも、自分だけ学力を上げればいいというものではなく、対話的というのがアクティブ・ラーニングの視点には入っている。これは、単に班を作って討論させ、班長に報告させるというような限定的な意味ではありません。 過去の自分との対話、タブレットの中での対話、都市間での対話、生きている仲間との対話、研究者との対話、それら全てと対話する共同という意味です。

〈西村〉 典型的な例としてはどんなものが挙げられますか?

〈尾木〉 レゴ入試でしょうね。 あの組み立てブロック玩具のレゴを子どもたちに渡して、「自分の得意なこと」 などのテーマだけを与え、自分でイメージするものを組み立てさせるテストです。 そして、組み立てたものについて、どういう意図であなたは組み立てたのかなどを150字程度で説明させ、思考力を問う。 それを今度は5、6人のグループで自分の作品を説明し合い、それぞれのレゴ作品の関連性についてディスカッションまで行います。 これを活字メディアでは 「応用力」 の問題と表現したりするけれど、私は 「活用力」 という表現が正しいと思います。 全国学力テストでもA問題とB問題があって、A問題は知識、B問題は活用に関する問題です。 活用力は、電化製品の取扱説明書を的確に読んだり、詐欺に騙されないようになるなど、そういう日常の生活で生きて働く力です。

〈西村〉 先ほどの 「生き延びる力」 に通じる部分がありそうですね。 私の言葉で言うとAはインプット、Bはアウトプットになります。

〈尾木〉 そうですね。 ただし、2019年度以降は、次期学習指導要領の考え方にのっとって、A問題・B問題という区分を見直し、知識・活用を一体的に問うことが決まっていますけどね。 2018年11月に実施された大学入学共通テストのプレ問題を見てみると、国語の問題として、著作権法の条文が使われました。今までなら小説や評論文などが中心でしたが、これからは問題文でも活用する力を問うていくことになる。 ある入試の例題では、20秒くらいの映像を流して、そこから質問に入ったものもあります。〝ある男性がスーパーマーケットの前を通り過ぎ、次のコンビニに入りました。 この人はなぜコンビニを選んだのですか?〞こういった問題です。500人が受けたら500通りの答えになりますね。

〝いい国作ろう〜〞って何?

〈西村〉 でもそうなると、そもそも共通テストが必要なのか、みんなで同じ問題を解く必要があるのかということになる。 採点をするのは、ある意味で楽な方法だと思います。
私の話になりますが、昔、ハンガリーの留学生に「日本には〝いい国(1192年)作ろう鎌倉幕府〞という年号の覚え方があるけれど、ハンガリーにもそういうのはあるの?」 と聞いたことがあるんです。 答えは 「何それ?」 でした。では、ハンガリーではどんな試験をするのかと聞くと、歴史のテストなら先生に1章から6章が試験範囲ねって言われて、鉛筆を転がして2が出たら 「はい、2章について先生に5分間プレゼンして!」 と言われるそうです。 プレゼンの準備時間は5分間。 そうやって順番にみんながプレゼンしていくそうです。 私は、すごくいいなと思ったのですが、すごく時間もかかる。 先生の贔屓(ひいき)も出る。 でも、その留学生は、時間はかかるけれどそうしないと学べないし、贔屓については何を言えばこの先生なら喜ぶかなとか、今日は変化球で攻めてみようかなとか状況を見ながら考えるって言うんです。 それを小学生くらいからやっているそうです。 そりゃ、日本人がプレゼン能力で勝てないわけです。 日本も早くそうならないといけないと感じます。

〈尾木〉 本来、教育とは個別教育であるべきです。 日本でも江戸時代の寺子屋などは個別教育でした。 でも、明治時代以降、一斉教育をやってきてしまった。 その方が国の求める人材を育成するには効率的でお金もかからないからです。 それで明治以降の近代化に成功したという実績もあるんですけど、これだけ日本の社会が成熟してくると個別教育に切り替えないとやっていけないと私も思います。

1点刻みの合否はバカげている

〈西村〉 ただ、移行しようと思うと共通テストよりも〝うちの大学はこんな人を育てたいんや〜。 だから、こんなテストをします!〞といった割り切りが必要かもしれません。

〈尾木〉 そう思います。 私が特任教授を務めている法政大学でも、AO入試で入学する学生がいます。 一般受験、センター試験、附属高校など6種類くらいの入学ルートがありますが、4年間で最も成績が伸びるのはこのAO入試で合格した学生なんです。 私が面接した中には不登校経験をアピールした子もいましたが、彼ら彼女らは必死になって自分を売り込むんです。 やる気がほかのルートで入学する子とは全然違う。 AO入試で入った子は、大学から評価され認めてもらえたという実感がわきやすく、合格後も学習意欲が継続しやすいんです。 入学前に私たちが推薦した本を全て読み切ってから入学してくる学生もいます。 センター入試を経て入学してくる子は、本当はもっと違う大学に行きたかったのにと不本意な気持ちを抱えてくる子も多く、そこから立ち上がってくるのに1年近くかかります。 入学前から前向きで意欲的な子とは、やっぱりその後の差が大きくなりますよね。 だから、大学入試は1点刻みで合否を判定するなんていうバカげたものではなく、マッチングが大事だと思います。 基本的な能力とやる気があれば、合格でいいんですよ。

〈西村〉 そうですね。 アメリカ型というか、自分である程度売り込んで、ある程度の学力があれば合格ですよっていう方がいいのかもしれませんね。

時代の変化にアジャストを

〈西村〉 ところで日本はどれくらい世界の教育から遅れているのですか?

〈尾木〉 世界では北欧やオランダの教育が進んでいるんですけど、中でもオランダでは4歳から小学1年生が始まります。 フランスでは義務教育の開始年齢が2019年に3歳からに引き下げられます。 日本は世界からとても遅れていると思っていいと思います。

〈西村〉 なるほど。 スポーツ分野でも日本の学校スポーツは欧米にだいぶ遅れをとっています。 その中で2020年は日本の教育にとっても、スポーツにとっても大きな変化の年になると思うのですが、いかがでしょうか?

〈尾木〉 オリンピック・パラリンピックが東京で開催されることに決まって、パワハラなどいろんな問題が噴出してきました。私は、これはすごくいい現象だと思っていますよ。

〈西村〉 いい現象って言われたのは初めてです(笑)。 私も、こうして膿が出てきてよかったと思っています。

〈尾木〉 日本のスポーツ界がレベルアップするチャンスですからね。 そんな時期にユニセフが 「子どもの権利とスポーツの原則」 というものを出しました。 あれは本当にすばらしい。 スポーツという非常に分かりやすい分野から子どもの権利問題や民主主義の問題に切り込んでいけるのは、我々教育関係者にとってはありがたい。 これまでの日本のスポーツは、競争主義、勝利至上主義、根性論で成り立っていて、中学校の部活も練習や試合が多ければ多いほど〝良い〞とされてきました。 変な精神主義がはびこっていて、監督の指示には必ず従う、コーチの命令は絶対だっていう考えがあるから体罰も起きやすい。 その中で、スポーツ庁やユニセフといった機関からガイドラインが出された。 これは大きいです。 体罰や過度な練習は問題だと当事者が声を上げることができる環境が整ってきたわけですからね。

〈西村〉 その通りだと思います。 オリンピック・パラリンピックは変革のチャンスです。 教育と同じようにスポーツも時代の変化にアジャストしていかないといけません。 社会の仕組みが変わろうとしている中で、教師に何ができるのか、指導者はどうあるべきかを問われている気がします。 今日はお忙しい中、貴重なお時間をいただきありがとうございました。

〈尾木〉 こちらこそ、有意義な時間を過ごさせていただきました。(完)

 

尾木直樹
PROFILE/おぎ・なおき。1947年1月3日生まれ、坂田郡伊吹町(現米原市)出身。教育評論家、法政大学特任教授。早稲田大学教育学部卒業。
東京の中学・高校で教員生活22年を経て、1994年に臨床教育研究所「虹」を設立。引きこもりやいじめなど教育を観点にした独自の研究成果を次々と発表。教育と社会の架け橋の役目を担ってきた。
一方では“尾木ママ”のニックネームで『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系列)などで人気者に。近著『尾木ママの孫に愛される方法』(中公文庫)など執筆活動も精力的に行っている。
詳しくは、オフィシャルウェブサイトhttp://ogimama.jp

西村大介
PROFILE/にしむら・だいすけ。1977年3月18日生まれ、京都府出身。滋賀レイクスターズ代表取締役。京都大学教育学部卒業。
大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、1996年甲子園ボウル優勝(学生日本一)。社会人時代はオールXリーグ2度受賞し、2003年ワールドカップ日本代表メンバー選出など輝かしい成績を残す。
選手引退後は京都大学アメフト部のコーチ、監督を歴任し、2018年から滋賀レイクスターズへ。
代表取締役を務める株式会社G-assistでは、全国の国公立大学体育会学生と企業とを結ぶ就職活動支援事業のほか、学校教育コンサルティング事業も展開

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